ながい

前回は、「おもい」なんてちょっと大それたようなタイトルをつけちゃって、
今更ながら少し恥ずかしい。
いわゆる「思い」ってやつだけど、なんていうか、そんな深い信念的なものではなくて、もっと軽い、「思ってること」みたいなぐらいでつけた筈なんだけど、
どうも小っ恥ずかしい。

そして、いいタイトルが思いつかなかったから、一通り書き終わってからタイトルのところに戻ってみて。
「ながい」 です。
今回はながいです。飛ばして。ビューン。

最近はTwitterにいろいろと書いていて、
(っていうけどなんだか批判的な内容ばっかり。私、ひねくれちゃったんじゃないかと思う。)
なかなか日記には来られなかった。

ああ、こうなると書きたいことがいっぱいあるなあ。
まず何から書こう。

あ、関係ないけど、
嘘をついてる人ほどよく喋るっていうじゃない?
私は、うーんと、嘘をつくとか、そういうことがあったわけじゃないんだけど、
その、公式?みたいなのを知っているから、何かごまかそうとするときはできるだけ喋らないよう心掛けたりするんだけれど、
もしそれが、自分が何かをごまかしたい場合じゃなく、
相手の誤解を解きたい場合になると、
とたんにもうベラベラ喋っちゃいそうになるの。(まずもうこの話を始めた時の前置きがそうだよね)
別に誤解されてようと、他人にどう思われていようと気にしない、みたいなカッコイイ考え方が出来るといいんだけれど、そんなことできなくて、なんだか、自分の小ささを感じる

あーあ。と思う。


昨日の授業で、卒業文集とやらを書いた。
あ、まだ正確には書いてる途中なんだけれど。

あと数日登校すれば、というか、今週学校に通ってしまえば、もうほぼ登校する日はないから、もう卒業が本当に間近らしい

多分、卒業式を迎えて、改めてってここに書くことは絶対ないと思うから、
(なぜなら、この日記は、イベントごとに何かを書いてるんじゃなくて、日常生活でなにか思ったことがあった時に書くものだから)
いまのうちに少し振り返ってみたりしようと思う

と言っても、ここで私が
「中二の時の、人気HIPHOPグループのくだり、おもしろかったなあ」とか
「五年の時の大転校笑ったなあ」とか言っても
これは私と友達の青木さんにしか伝わらないわけで、内輪ネタにもほどがあるからやめておく

いやいや、そういうことじゃなくて。

ああ、もうなにを書きたいか分からなくなった。

まあいいや。

その卒業文集とかってのには、今の私がこの、この瞬間感じていることを書きたいと思った。
その方が何年も後に読み返した時にもっと懐かしさを体験出来ると思った。


と、書いていても、本当に自分の文才の無さには呆れる。

この間、久々に本を読んだ。
なぜだか最近、近くにはあるのにあんまり本を読めてなくて、久々に読んでみたら、自分のボキャブラリーのなさにがっくりきた。

なんとも言い表せない気持ちを、綺麗で、それでいてハッキリと伝わる言葉にしているのって、すごいことだなあ、と思った。

だって今こうやってモヤモヤしながら書いているこの気持ちを言葉で表現しろって言われたって、
「綺麗なガラス玉が〜」とか
「暗雲の立ち込める〜」とかって言葉、絶対出てこないもん。

すごいなあ。

なんだか今日は不甲斐ない結果に終わった。
別にイヤな気分になったわけではないからいいけど、
やっぱりこの日記というのは、書きたいことを溜め込んだら書けないものなのね。
Twitterに小出しにしたりだとか、むしろやりずらくなるばっかりだった。

あああ、なんというか、ハッキリとしない。

私はなんて中途半端なところにいるのだ。
ああ、普段、のだ、なんて言葉使わないのに。
格好をつけてみたかったのか、なんなのか。

時々、というか、よくこんな気分になる。

あ、そうそう。よく、Twitterだとか日記だとか、私が発信している言葉を読んで「病んでる」とか言う人いるけど、
それは違うのよ。

「病んでる」だなんて。失礼しちゃいますわね。

私はただ、毎日の生活の中で思ったこと、考えたことを書いているだけ。

誰も1年365日ずっとずっとウキウキしてるひとなんていないでしょ?
毎日を楽しんで暮らしたいとはどれだけ強く思っていても、自分の中にある様々な疑問について延々と一人で討論したりするでしょう。まあ、それ以外にも。

私はそれを記録して、後で読み返して、
おもしろい、と思いたいからこれを書いているわけであって、
なにも「病んでるアピール」をしたくて書いてるわけじゃないのよ。

まあ、どうでもいいっちゃあどうでもいいけどね。
「病んでる」と思うなら、そう思っててもらっていい。

あ、これってひょっとして私の憧れるカッコイイ考え方、ってやつじゃない?笑
でもさ、こうなるとまた、少し違うよね。笑