おきてからねるまで日記

起きて寝るまで思ったこととか感じたこととか

せわしない

近頃は大変いそがしい

気持ちがとてもいそがしい

数年間の時を経てこの日記に戻ってきたのは、

私を取り戻したからだ

 

2018年 交際開始と上京

2024年 結婚

2026年 離婚

 

20代のほぼ全てを捧げた人と離れ、

私は今東京でひとりぼつちになった

 

単位で言うとひとりぼっちなのだが

私にはもちべえがいるし

友達がいる

それはそれはたくさんいる

 

いままで、友達多いでしょと言われた時には

「いやいや、狭く深くだから。そんなには。」

と言ってきた

そう言うのには理由があって

友達が多いと言われた側に

自分は大勢の中のひとりでしかないのだなと思って欲しくないからで

少ないと表現した方が、あなたを大切に思っていますよ、と伝えられるのではないかと思っていたから

でもそんな事したら彼らに失礼だ、と思った

 

今ざっと数えただけでも、

つまづいた時に連絡したくなった人は15人いた

手を差し伸べてくれるかどうかはわからない、それは相手のタイミングもあるから

でも、頼りたいくらい信頼してる人は少なくてもそれくらいいる

ゆっくり考えたらもっといる

私の心が温まる言葉をかけてくれた友達

お守りにしたい言葉をくれた友達

忘れていたことを思い出させてくれた友達

死なないでと言ってくれた友達

味方だよと言ってくれた友達

出会った時のことを覚えてくれていた友達

ボイスメモを送りたい友達

グループLINEですぐ反応してくれる友達

だらけている事すら肯定してくれる友達

私の全てを知っている友達

ハッとする言葉をかけてくれる友達

ダメな恋愛を止めてくれる友達

遠くに連れ出してくれる友達

楽しいことに誘ってくれる友達

 

友達は財産だ、と何よりも強く思う

私はお金より土地よりマンションよりNISAより株より人脈より時計より車より何より友達なのだと思う

 

友達は私の忘れていたことを思い出させてくれる

それぞれが、それぞれ

誰にも代わることの出来ない唯一無二の存在でいてくれる

一人一人に私のかけらが散りばめられている

君を目の前にして初めて、私の輪郭がはっきりするのである

何よりも大切にしたい存在を、30代目前にして見つけることができたのはかなりの強みだ

 

私は恋人に依存しなくても、親に頼りきりにならなくても、家に閉じこもらなくても良い

大切にできる友達がいるから大丈夫

みんなのおかげで人生を楽しく過ごすことができる

 

せわしない毎日だけれど

私の宝物を大切に磨いていきたいと

あたたかな気持ちになれるのです

そうだい

そういえばそうでした

そうそう!こんな気持ちで書いていたねえ懐かしい

もはや懐かしいとさえ思ってしまったな、

この日記を書いていたあの頃を。。

 

と思いましたが、それもそのはず。

描き始めたのははるか昔、

16歳やら17歳の時ですもの。

 

あの頃。

いうなれば思春期の私の脳内はそれはもう渦巻いていて

それをどうしたら良いのやら、みんなはどうしているのやら、何もかもがわからずただひたすら思いをここに書き連ねていた

それが楽しくもあったし、そんな自分を好きでいられた

 

そして私の人生にも山あり谷あり

足取りが軽くなれば重くなることもありますわな

いっそうダークな闇期(!)が参りましてこの日記にも暗雲が立ち込めたとか

なんにも楽しくないし面白くもない!そもそも人間関係において信頼とは、、、

ってところまで深く深くボーリングしていって、日記を書く意味も、描きたい気持ちも、なんにも無くなってしまった。

自分のことも好きじゃなかった

 

 

けれど、いま

23歳

久しぶりに日記を書いている

それも、描きたくて!

なんだかあの頃のようにうずうずして、書いている

 

私は今東京に住んでいて

自分のやりたいことを叶えるために生きている

けれどコロナが流行ってしまい、思うままに進めない。だがしかし新しい生活様式とかいうものを楽しみつつ日々懸命に暮らしている。

 

文明の発展に伴い、いまやなんの障害もなく遠く離れた相手と顔を付き合わせながら喋ることが出来る、ズームだ。これも新しい生活様式

文明、そして人ってすごいね!

 

そんなニューカルチャーを楽しみ、酒も進み、話も熱くなりいよいよズーム会議たるものに近づいてきた。

議題は自分の将来について。

手探りで己の将来像について語っている最中、

ある筋の方から「ぬるいよ」と指摘されたのだ

 

その時の私は思考がフリーズしたし、そんな状況でもズームはなんのトラブルもなく相手の声を届けてくれる。優秀だな。。

私は一生懸命喋ってみたけれどとにかく頭が使い物にならなくてウンジャカウンジャカ変なことを沢山言ってしまった。

 

相手の伝えたかったことはこれらしい

・事務所に入ることがゴールになっているのでは?

・辛い経験をした人の方が成功する

・みんなビジネスだから利益を生むと思える人しか雇わないよ

・自分に正直に、なんてぬるい

・メディアなんて考えずに舞台方面でハングリー精神持ってやった方が良いのでは

・あなたは考えないでやった方が良い

 

 

その時の私は、フリーズした頭脳で相手が言ったことに対して違うと思えば理由を言うことに一生懸命になってしまって(だって頭働かないし!)結局どっちつかずな感じで話を終えてしまった。久しぶりに会って意見をぶつかり合わせたくもなかった。

 

ただ、今ならわかる。言える。

ちがう!

 

相手に私の全てなんて伝わらないのだ

ましてや1年以上も会ってない人なら尚更

けれど私にはこれから出会う様々な人たちがいる

どんな人に会えるかで自分の人生は変わる

自分のハングリー精神を信じ、親切にしてくれる人を無下にしてまで己を貫く必要が無いと感じるまでには大人になってしまったのだ

 

たしかに相手の言うこともわかる、し、もしかしたらぬるいのかもしれない

あなたと出会った頃のようなハングリー精神を持ってないかもしれない

言われた通りにしたら良かったと後で思うかもしれない

 

でも、そう思いたくないから自分を信じるのだ

信じたい人を人を信じるのだ

意見が合わないと思えばぶつかれば良い、それでも合わなければ、会わなければ良い

大人になったのは良いか悪いか、もっと生きていけばいずれわかるはずで、失敗だったらまたそこからやり直せば良い

 

少し会わないうちに成長した私を、

色んな考え方ができるようになった私を、

真剣な話の最中取り残されている人に対してギャグをぶっぱなせるほど大人になった私を(!!)

「ぬるい」の一言で片付けないで欲しい

真剣な話をするならお酒を飲んでいない時にして欲しい

 

私は私の信じた道を進んで、自分の行動に責任を持つ

だから今に見ててくれ、私は私を傷つけた人を忘れない、世の中には怒り狂ってる、やりたいことも沢山ある、頭だって使う、会いたい人に会う、そして必ず活躍するから

あなたたちも言ったことに責任をもって覚えててください

 

私には、壮大な未来が待っている

 

なれない

ホームアローン

この暮らしにもようやく慣れてきた

 

なんて言うけど

私はぜんぜん慣れない

ホームでは常にアローンである

 

上京して一人暮らしを初めて2ヶ月、

ホームシックこそないものの、寂しくてたまらなくなる時が何度もある

東京にさして都会の冷たさは感じないけれど、

なにぶん知り合いが少ないせいで人との関わりがあまりない

テレビを見てて知り合いが出ることもなければ

街を歩いて誰かとすれ違うことも無い

 

新しい土地で新しいことを始めたくて

自分で新たな世界を切り開いたんだから

寂しいなんて言ってちゃいけないんだけど

家では常に何かをしていないとぽつねんと1人になる気がして

いつも忙しなく動いている

それを犬が見つめている

さみしそうに

 

犬にはバレているんだと思う

犬に知らないことはない、きっと

泣いてる時に遠くから見つめるのも

寝転がったらくっついてくるのも

家事をすると冷ややかな目で見るのも

化粧を始めると離れないのも

全てわかっているんだと思う、私よりも頭がいい

 

 

忙しなく家事をしていると気が紛れるとか

いつもは絶対買わない雑誌を買ってしまうとか

かっこつけて録画するけど観ないとか

ヒールを履いてることが多いとか

いろいろな事への防衛本能というか、鎧というか

全くいつも通りじゃない自分を

新生活スタート故の改革だと思えばそうなのかもしれないけど

私はまだこの暮らしに慣れていないだけなんだと思う

 

最近、深夜に気分が落ち込むとか、荒むとか、

そういうことがほぼ無くなった

どちらかといえば高校生の頃抱いていた

憧れとか、幸せとか、希望とか、

そんなふわふわした気持ちで毎日過ごしている

 

人が自分を形成するのだ、と

深夜、レシピ本を見ながら泣いていた私は

まだまだ自分の知らない自分がいると知って驚いた

 

また、全く成長していない自分に気づかないばかな人もいる

無意識に人を傷つけることだけはしたくないと心に刻み

やり場のない気持ちを、

反面教師にさせてもらいますありがとうございますと

まさに私の方が大人であるという小さな優越感でどうにか押し殺した

けれどそれだけじゃ納得いかなかったので

やったった、ちょっとやったった!

大人だって大人じゃないし、夜中の勢いって大事なんだと思う

 

久々に書いた日記では具体的なことばかり上げ連ねてしまったけれど、

いまは体調も優れないし

深夜だし

そりゃあこんな大味な文章にもなるねえ

 

美味しいもの食べなくちゃ、

美味しいもの作れなくなっちゃうなあ

かけない

書いては消し、書いては消し、

日記の書き方を忘れちゃったらしい

 

始まりをどうしようか悩んで、

季節の話をしようか、気持ちの話をしようか、

悩んだ挙句どれもしっくりこなかったので、

わかりやすい始まり方にしてみた。

 

と、思ったところ、実は1年前の3月にも全く同じタイトルで同じようなことを書いていたらしい。

自分は自分なんだなあ。

紛れもなく、自分なんだなあ。

当たり前だけど。そりゃそうだけど。

 

 

この気持ちはなんだろう、って

春、って。すごいな、と。

恐るべし。谷川イズム。

そんなイズム受け継いでないんだけど。

特に意識はしてないんだけど。

 

最近は特に楽しいこともワクワクすることも悲しくなることもなく

いや、あるんだけど

事象はあるのに、気持ちは動かない、みたいな

ちょっとやそっとの刺激にゃあ慣れっこで

特別新鮮な感情にはならない。

 

この日記をたどっていけば、高校生の時分に書いたものも出てくるんだけど、

それを読んで思うのは、私は、汚れたんだなあ。ってこと。

 

今日の夕方、人の心を人種問わず見透けるんじゃないかっていう、

特殊能力をたぶん持ってる(たぶんっていうか絶対持ってる)人にあった。

その人には高校の頃すごくお世話になって、

この日記を始めるきっかけにもなった人で、

尊敬もしていて、好きな人で、

そんな人に久しぶりに会ったら、

ヘラついて喋ってる私がいて、とてもガッカリした

 

 

最近は自分にガッカリすることばっかりだ

 

 

ちょっとお金を使って物欲を満たすことによって生活水準を向上させてる気になったそんな私を正当化するっていう魔のループ

 

荒んだ部屋で戸川純を聴きながら携帯いじって

マウントとりにいってるツイート見て

私も、自分の道を突き進むでもなく

見ている人みんなに媚びへつらうような文章を書いて

好きな人たちとの妄想に興じ

肌寒い部屋の中で布団にくるまり

冷えてるはずなのに汗で湿った両方のつま先を重ねて

ため息をついてみたり

 

何に酔ってんだ、って

ガッカリしかしない

 

いろんな人に言われた

いろんな言葉が

私の頭の中を支配して

そうして新たな私が形成されていって

でもそんなの望んでないし

ダサいって思うから抗いたいけど

どうも縛られるよね、言葉の力たるや

 

強くありたいと、清くありたいと、

思っていた頃の私は、どこに消えたんだろう

どこに行っちゃったんだろう

そう思っていた頃の私に今の私を見られたら

ガッカリされちゃうのかな

 

するよなあ、きっと

 

えも言われぬ気持ちを文章に出来るほど

私のスキルが高ければいいのに

そうじゃないから逆に具体的なことしか言えなくて

そうなると直接的すぎて言えないことばかりだから

こんな時はどうすればいいのかなあって

もう1時だから起きてる人も少ないし

この日記に吐き出すしかないと思って書いてはみたけど

納得のいくものではないから

 

だから、なんか、

今日はダメな日だったんだきっと

 

それか、本当に書けなくなっちゃったんだ

 

そうだとしたら、これはこれはかなしいね

 

この日記を読んだ皆さんは、

私が高校生の時に書いた昔の日記を読んでくれたら嬉しいです

におい

小学生の頃は、好きな男の子の柔軟剤の匂い

中学生の頃は、シーブリーズ

高校生の頃は、SALAやマシェリ、ちょっとしたコロンとか


そんな匂いが好きだった


いまはあっさり、JILLSTUARTやGUERLAIN

オーデトワレとかオーデコロンって呼ばれる

いわゆる香水の匂いが好きになってしまった


CHANELChloeはまだもう少し慣れない

それがちょっとした救いだったりもする



こんなところにも

大人というものを感じる日が来るだなんて

思ってもみなかった




私は、

大人というものを意識し出した中高生くらいの時から、

世の中に蔓延るごく一般的な大人には絶対になりたくない、なるもんかと思いながら過ごしてきた


だって、彼らは、なんかダサい


遊び心も、感受性も、なにもかもが乏しくて

個人を尊重しようとしない

いつも見下されているような気がするけど

彼らはみんな一緒くたで個性がないんだ


大人は、みんな凝り固まっている

大体が頑固で、自分の信じるものだけにしか耳を貸さない


そんな気がしていて、

大人にはなりたくないってずっと思っていた



けど最近、自分自身に余裕がなくなってきて

ちゃくちゃくと一般的な大人へなっていっている気がする

もちろんそれはきっとお金の豊かさとかも関係してくるとは思うんだけど

高校の時に比べてみたら

まぁ毎日が楽しくない

まったく楽しくない

でも参加しなくちゃならない会議や打ち合わせはあって

そういう、社会の営みの一部とかに参加すると

とたんに大人の考えというものを押し付けられて

従わざるを得なくなる

っていうか、そうしなくちゃ自分の立場が危うくなるということを学ぶ


正直そんなのウンザリだし

抗いたい、くそくらえって思う

私はいつでも自分が楽しく、

余裕のある、子どものような思考の柔らかさと繊細さを持つ大人になりたいと常々思っているんだ

それなのに、まざまざと社会の厳しさを突きつけられる


こんなとき、どうしていいのか誰も今まで教えてくれなかった

みんな、こんな気持ちをどうしていいのか分からなくて見過ごすから

だから個性のない大人になっていくんだ


そんなのはやだ

将来自分が子どもを産んだ時に、

誇れない


私のお母さんはかっこいい

自分の人生を楽しんできたし

私の色んなことを尊重してくれる

気持ちに余裕があって、憧れる

私、お母さんみたいになりたい




私は私のしたいようにするし

やりたいことをやる


社会がなんと言おうと、

一人になってもかまわない

絶対味方はいるし

尊敬できる好きな大人だっている



もう20歳にもなるのにまだ子どもヅラしてるけど、

もうすこしゆるして欲しい


とりかえしたいの、

あの時の高揚感とか

楽しかった毎日を

私なら出来ると思うの



毎日楽しく幸せに暮らしたい


また好きな男の子の柔軟剤の匂いにときめきたい